台湾から学ぶ「民主主義ってなんだろう?」 ③[移住労働者]

移住労働者が照らす、民主主義の風景

連載③移住労働者が照らす、民主主義の風景

台湾で暮らしていると、移住労働者を見かけない日はない。私が暮らすアパートの上の部屋では、インドネシアから移住した女性が一人暮らしのお年寄りを住み込みで世話しているし、小学生の子どもを送り迎えしていると、住み込みで働いているであろう移住労働者の女性が子どもに付き添う姿を目にする。マンションや公共工事の現場でも、台湾人の現場監督者のもとで肉体労働を担っているのは大半が海外からの労働者だ。

少子高齢化社会・台湾における、移住労働者の現状

台湾の移住労働者は2026年現2月時点でおよそ87万人、1997年の25万人と比較すると3倍以上に増加し、過去の記録を更新し続けてきた。移住労働者の数は人口の約3.7%を占め、27人に一人が移住労働者(※1)」という状況だ。

ほとんどが東南アジアの出身で、国別ではインドネシアが最も多く、現在では全体の37.9%ほどを占めている。次いでベトナム(33.7%)、フィリピン(20.3%)、タイ(8.1%)と続く。(2026年2月時点、労働部統計)

移住労働者数が過去最高の200万人を突破した日本同様、台湾も少子高齢化が深刻で、移住労働者に頼らなければ社会が回らなくなっている。

ただ、コンビニ店員などのサービス業に就く移住労働者が多い日本と大きく異なるのは、彼らが担う仕事の種類だろうか。

台湾で移住労働者が担う仕事は、労働部によって「産業労働」と「福祉・看護労働」に二分される。前者は主に製造工場や建設現場、第一次産業分野(農業・林業・漁業・畜産業など)での労働を指し、後者は一般家庭や病院、老人ホームへの住み込みで高齢者らの介護を担うことが多い。

労働部によれば、2025年度の「産業労働」従事者は約54万人、「福祉・看護労働」従事者は約22万4千人となっている

台湾における移住労働者の受け入れには、どのような実態があるのだろうか。今回は、彼らと関わり続けてきた“市井の人”を取材した。

公務員としてできなかった支援をボランティアで行う

以前、台北市が主催した移住労働者の暮らしを知るためのメディアツアーで、「長年、台北市役所で移住労働者のサポートを担当していた、台湾華語のボランティア講師」と紹介された女性と出会った。

彼女の名前はシンシア(謝珮瑩)さん。
台北市役所の労働局で移住労働者支援の仕事に10年ほど関わった後、内政部移民署で二年ほど研究職に携わり、現在は国立師範大学の語学センターで外国人留学生たちに台湾華語を教える傍ら、移住労働者たちにもボランティアで教えている。

シンシアさんに出会ったイベントにて。写真左から、台北市の文化局長・蔡詩萍さん、シンシアさん、移住労働者として台湾を訪れた後、アーティストに転身したピンディーさん。

台北市の労働局で働き、たくさんの移住労働者たちと接していた彼女は、彼らが台湾の言語を学習するリソースが全くないことに気が付いた。政府として何か支援を提供できないかと模索してみたものの難しく、協力してくれる団体を探し、辿りついたのが輔仁大学だった。カトリック系の大学であることから、社会的弱者や助けを必要としている人々を支援することに理解を示してくれたという。以来、台北市内の自宅から、隣の新北市・新荘にある輔仁大学のキャンパスまで、片道40分ほどかけて通いつつ、個人的にも専門スキルを高めていった。

「公務員時代には、不公平な現実をたくさん見てきました。力になれない自分がもどかしく、眠れない日々を過ごしていましたが、公務員を辞めた今、収入は減っても、やりたいことに時間を使うことができています。輔仁大学で教えた生徒が他の移住労働者に台湾華語を教えたり、ボランティアを始める姿を見ると、何物にも代えがたい達成感があります」と断言する。

語学学習の現場で垣間見た、移住労働者たちのリアル

シンシア(謝珮瑩)さん。国立師範大学の語学センターにて。

現在シンシアさんが働く国立師範大学の語学センターは、外国人留学生たちに人気の留学先だ。平日はここで海外からの留学生に接し、日曜日は移住労働者たちに台湾華語を教えている。同じ語学学習者でも、置かれている境遇が全く違うことを痛感する日々だそうだ。

「輔仁大学で教えている生徒たちは全員、製造工場でライン作業をしたり、一般家庭で高齢者の介護をする移住労働者たちです。彼らが台湾で稼いだお金の多くは、母国の家族に送金されるので、経済的な余裕はありません。それでも、彼らは語学の習得に非常に熱心です。ある30代の生徒は桃園市の中壢から片道1時間半ほどかけて通っていますが、朝の8時に工場での夜勤が明けると、そのまま9時半から始まる授業に駆けつけています。授業が終わると、やっと帰って睡眠を取るのです。彼らが台湾華語を学ぶ理由はさまざまですが、主には将来母国に帰った後、自国の中国や台湾企業で通訳として働くことを目指している人も多いですね。それに、言語習得のためだけでなく、仲間たちと集まり、交流することのできる居場所になっているとも感じます」

シンシアさんの話を聞くまでの私は、語学学習の目的が、昇給など台湾での待遇を良くするためなのかと思っていたのだが、実際は違っていた。

「台湾では、台湾華語がどれだけ堪能になっても、移住労働者である限り、賃金や職種の制限に縛られることになります。以前は雇用主を変えるためには雇用主の同意を得なければならず、転職はとても難易度が高く、言葉が通じない苦しさから、やむを得ず失踪するケースも多くありました。現在は転職もしやすくなったのですが、転職期間のビザの猶予は最長4ヶ月で、期限内に転職先を見つけられないと強制帰国になります。

ただ、彼らが職を見つけるのは至難の業なので、結局は仲介業者に頼らざるを得ません。仲介業者は雇用主と移住労働者の両サイドから手数料を取りますが、実際には移住労働者にはさまざまな名目で上乗せし、その結果、彼らは借金を背負って来台します。移住労働者に与えられる就労ビザの3年間の期限のうち、一年目は借金返済のためにタダで働いているような状況なのです。また、工場労働者には健康保険や労働保険が適用されますが、家庭への住み込み労働者には労働保険の適用がありません。これも改善されるべきです」

移住労働者の受け入れ体制は、どうしても受け入れる側の利益が優先され、「搾取」が社会問題になるということなのだろうか。私の質問に、シンシアさんは大事な指摘をくれた。

「『移住労働制度は搾取を生み出しやすい』と、直接的に結論付けることはできないと思います。国家が考える『国益』は、労働力の補充、産業ニーズ、看護や介護などのケアシステム、人口政策、国際競争など、いくつもの階層からなる様々なイシューを包含しており、それぞれに対して異なる政策が設計され、異なる影響が生み出されるからです。

移住労働者の受け入れにおいて搾取のリスクが高まりやすいのは、仲介業者の管理、雇用者の責任、苦情処理経路、労働条件の保護が不十分である場合であって、移住労働者の受け入れ自体に問題があるわけではありません」

台湾は一人当たりのGDPが日本を抜いたとはいえ、実際には半導体やAI産業に大きく依存し、国内での賃金格差はむしろ拡大している。ただでさえ外交的にも孤立させられている小国・台湾にとって、自国の利益と移民労働者たちの権利をバランス良く確保するのが難しいということなのだろうか。私のそんな質問に、彼女は民主主義のヒントを示してくれた。

「『国家の利益』と『移民労働者の権利』を天秤にかけるところから出発すると、どちらかを優先すればどちらかが損をする二項対立状態にあるような誤解が生まれてしまいます。私は、その両者は衝突するものではないと考えています。移民労働者の権利を守ることが、健全な労働制度につながり、結果的に国家の発展につながると考えることができるはずです」

実際、変化も起き始めている。2022年からは移住労働者の長期雇用制度(留才久用方案)がスタートし、条件を満たせば、これまで最長12〜14年と定められていた滞在期間の制限が撤廃されることになったほか、単純労働以外の技能職への就労や、家族の帯同、さらには将来的に永住権申請への道が開かれた。

だが、この制度に対するシンシアさんの見方は現実的だ。
「確かに、この制度は台湾の移住労働者政策に人材定着の方向性が示されたものだと言えるでしょう。ですがその対象は非常に限定されていて、ほとんどのブルーカラーの移住労働者たちが短期雇用で、雇用主に左右され、あくまで労働力を補充する目的で受け入れられているという根本的な事実を変えるものではありません」

台湾が選ばれる理由

状況が厳しくても、移住労働者たちが移住労働先に台湾を選ぶのには、どのような理由があるのだろうか。シンシアさんに尋ねてみると、答えはこうだった。

「彼らが台湾に来るきっかけは、母国の生活圏内に台湾での労働経験がある人がいるか、仲介業者がその地域にコネクションがある場合がほとんどです。来台後も台湾に留まりたいと思う理由は、良い雇用主に恵まれたり、友人ができたり、母国に帰っても暮らしが良くならないといった事情が考えられるでしょう。他国に行ったことのある移住労働者たちの話では、台湾人は比較的優しく、差別が少ないと感じているようでしたが、これは台湾に残っている人々の言葉なので、生存者バイアスがかかっていることは否めませんね」

とはいえ、移住労働者たちが集まり、床に座り込んでおしゃべりに花を咲かせることで知られる台北駅のメインホールが台湾の多様性やインクルーシブの象徴となっているように、台湾社会は移住労働者への差別を解消する方向に舵を切っている印象がある。

移住労働者たちが集まることで知られる、台北駅のメインホール。

台北周辺地域からアクセスが良い台北駅は、シフト制の工場労働者以外に、休みが不規則な家庭での住み込み労働者にとっても、仲間たちとの交流や、母国への送金、物資の調達に便利な場所。無料Wi-Fiが使えて、天候に左右されることもない、居心地の良い公共空間だ。

コロナ禍に座り込みが禁じられたこともあったメインホールの床だが、2020年、大きなスマイルマークと、英語や日本語など10ヶ国語で書かれた「笑顔」の文字がペイントされた。以後、移住労働者たちはよりリラックスして集うことができるようになったようだ。

スマイルマークとともに、インドネシア語など各国の言葉で「スマイル」という文字がペイントされている。

「台湾原住民」と「新住民」

シンシアさんと多様性について話していたら、台湾で近年使われるようになった新しい概念に話が及んだ。

「以前に比べれば、台湾の多様性は向上しました。昔は偏見や差別がありましたが、今は『新住民』という言葉もできて、新住民の第二世代も増え、国籍の境界線が曖昧になっています。以前は『移住労働者が私たちの仕事を奪っている』といった声もありましたが、超高齢化社会に入り、高齢者をケアする人手が必要だという現実が見えてくると、メディアの報道も変化しました。加えて、移住労働者のポジティブな側面を伝え続けてくれている学者や文化人もいます」

彼女が言及した「新住民」とは、17世紀に漢民族が移民してくる前からこの地に定住する「台湾原住民」とともに台湾社会を構成するエスニックグループを表す言葉で、当初は主に“台湾人男性に嫁ぐ東南アジアの女性たち”を意味するものだった。「新住民」が増え、台湾人との間に第二世代が誕生すると、学校教育や社会福祉などの場で彼らの権利がより意識されるようになり、同時に増え続ける移住労働者も「新住民」に含めるべきだとの声が高まっていった。結果、今では「婚姻や仕事のために海外から台湾に移住した人々」と広く定義されている。

政府が出した1987年から2026年2月までの「新住民」の統計。さまざまなエスニックグループが含まれていることが分かる。(出典:内政部移民署)

日本から移住した私の目に見える今の台湾社会は、人権が大きく制限されてきた過去の反動からか、「人権」にとても敏感だ。

例えば、「台湾原住民」は、長年その権利が剥奪されてきた人々だ。2016年に当時の総統だった蔡英文が過去の過ちを謝罪し、権利の回復に取り組むと公式に声明が出された。

こうして台湾の民主化に伴い、「台湾原住民」の人権を重視する流れが起きると、「新住民」の人権にも光が当てられるようになった。全国の小中高校で「郷土言語」と呼ばれる授業が必修科目となり、2019年からは新住民のうち東南アジア7ヶ国の言語も選択できるようになった。指導者不足などの課題はあるが、インクルーシブな流れが起きていることは確かだろう。

この大きな流れの中には、シンシアさんのように行政の限界を見極め、自分にできるやり方で社会に貢献する人々がいる。彼女はボランティアで語学講師の活動をするだけでなく、公務員経験を活かし、移民労働者の実態や、彼らが抱える課題を媒介している。そうした実情が広く知られることで、政府にも社会にも理解や対話が生まれ、違いに歩み寄ることのできる空間が生まれるはずだ。

(取材・執筆:近藤弥生子)

  1. ここでの「移住労働者」はブルーカラーを担う「藍領移工」を指し、ホワイトカラーの移住者を指す「外籍專業人士」は除く