台湾から学ぶ「民主主義ってなんだろう?」 ①[台湾総統選挙]

主権者は自分だ、この社会は自分たちのものだ

主権者は自分だ、この社会は自分たちのものだ
写真提供:中央通信社、撮影:王騰毅

2024年1月13日、台湾の総統選挙が終わった。
世界各地で重要な選挙が行われる2024年、その皮切りとなるのが台湾の総統選挙だったこともあり、日本をはじめとする海外メディアらが台湾に集結していた。

「できればお客さん、あなたも選挙に行ってきてください」

台湾の総統選挙が高い投票率を記録することは日本でも有名だが、台湾で国民たちによる直接投票が始まったのは1996年のことで、実は民主化されてから30年も経っていないということは、あまり知られていないのではないだろうか。

さらに驚くべきことに、台湾の総統選挙には期日前投票や不在者投票の制度がなく、全ての有権者が投票日に戸籍の登録地まで赴き、投票する必要がある。しかも、デジタル大国に見合わずハンコで投票する。そんなアナログな手法にも関わらず、過去の投票率はほぼ75%以上(2016年の66.3%を除く)だった。

過去の総統選挙の投票率
・1996年 76.0%
・2000年 82.7%
・2004年 80.3%
・2008年 76.3%
・2012年 74.4%
・2016年 66.3%
・2020年 75%
・2024年 71.9%
(データ出典:中央選挙委員会)

前回2020年の総統選挙では20代の若者たちの投票率が9割近くあったという統計(※)もあるほど、若者たちが積極的に参加しているのも特筆すべき点だ。

朝日新聞『20代の投票率、台湾では約9割? 若者と政治の距離が縮まるまで』(2021/10/23)

海外に留学したり、働きに出ている台湾人は皆、この一票だけのために世界中から帰国する。大学や就職のために台北に上京してきた中南部出身者らも、早期から新幹線を予約するなどして故郷に帰る。新幹線や高速バスのチケットが取れなかったり、金銭的に余裕のない人々は、バイクやローカル列車で何時間もかけて帰郷する。

世界で唯一の「月経博物館」を設立したNPO『小紅帽 With Red』代表のVIVIさん(写真左)。イギリスの大学に留学中だが、総統選挙のために弾丸帰国していた。筆者撮影


そんな状況が当たり前だから、台北にある飲食店や施設の一部は、選挙当日は休業することも多い。個人経営のレストランでは「従業員を選挙に行かせるのが当たり前だし、自分自身も選挙に行く。そしてできればお客さん、あなたも選挙に行ってきてください。投票が終わったらまたお店に来てください。ちょっと割引します」などと告知したりもする。

選挙に勝つにはウェーブを起こせ

総統選挙を取材に来た日本メディアが「まるでパーティのようだ」と驚いていたのは、各立候補者の所属政党が実施する投票前・開票当日の応援イベントだが、これも台湾人にとっては通例行事であり、特に驚くようなことではない。皆が大きな関心を寄せるのが当然だからだ。むしろ私の周囲では「今回は投票率も低かったし、あまり盛り上がらなかったね」「なぜだろう」という話が出るほどだった。

Netflixの大人気ドラマ『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』(写真提供:Netflix)


台湾の総統選挙の舞台裏で奔走する人々のリアルな姿を描き、台湾での視聴ランキングトップになったこともあるNetflixオリジナルの大人気ドラマ『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』(2023年4月、全8話。後に民放でも放送された)でも、応援イベントのシーンが出てくる。ドラマのタイトルからも、総統選挙で勝つには「ウェーブを作り出す」ことが必要だということが伝わってくるが、作中で総統に当選する人物の役を演じた俳優の賴佩霞氏(写真右側)が、実際に今回の総統選挙に立候補した鴻海(ホンハイ)精密工業創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏から誘いを受け、副総統候補として立候補するという、嘘から出た実のようなことが起こって世間を沸かせるという一幕もあった(結果的に郭氏は途中で出馬を取り止めている)。互いにライバル政党のゴシップを暴いて流したりと、選挙前の台湾は話題に事欠かない。

自分たちの社会は自分たちのもの

日本のメディアが「日本は投票率が低いという現状がある。台湾の人々はなぜそこまで選挙に関心を持てるのか?」という趣旨の質問をし、「自分が無関心で、誰が関心を持ってくれるんですか?」と聞き返す20歳の若者の言葉を報じていたが、まさにそんな感覚だ。

開票も公開の場で行われており、熱心な市民たちはその開票を見に行ったりもする。完全に自分ごとであることが、彼らの熱い眼差しから伝わってくる。

また、応援イベントや開票場に赴かない市民も、そのほとんどが自宅や親戚・友人宅などで開票ニュースを観ながらゆっくり夕食を取るのが恒例行事だ。他ならぬ私も同じで、台湾人夫の実家で皆で開票速報を観続けた。そして、もちろんお互いの意見を交わしながら議論もする。賢い選択をするために情報収集をするといったスタンスで、違う政党を支持する人の意見も聞くのが、台湾人のすごいところだ。

1/13当日の夕方、開票応援のために賴清德本部(民進党)を訪れた支持者たち。
(写真提供:中央通信社、撮影:王騰毅)

その背景にあるのが、民主主義への思い入れの強さだろう。過去に権威的な支配が続き、世界で最長となる38年間「白色テロ(※1)」が横行していた台湾では、多くの犠牲を払いながら血のにじむ思いで獲得してきた主権を、非常に大事にしている。

一つの政権に権力が集中することを避けようと考える人も多く、2期8年の任期がある総統選挙において、これまで8年ごとに与党が入れ替わってきた。今回の総統選挙では、その8年ジンクスが初めて破られる結果となった。現与党の民主進歩党から立候補していた頼清德現副総統が勝利し、民主進歩党は与党3期目へと突入した。

ただ前述の通り、今年の総統選挙の投票率は71.9%と低かった。民主化後、2016年の66.3%に続く2番目の低さだ。筆者の周囲でも、「“絶対にこの人に投票したい”と思える人がいない」という声が多かった。「この中なら、まぁこの人かな」という、消極的な票の投じ方をしている人が多かった印象がある。

そして、現与党の民主進歩党と最大野党の中国国民党という二大政党以外の“オルタナティブな選択肢の必要性”を説いて立候補した第三勢力・民衆党の立候補者、柯文哲前台北市長が存在感を示す結果となった。TikTokなどを駆使した発信から、日本で「台湾の若者に支持されている」と報道された柯文哲氏だが、台湾では同氏がTikTokで活発に活動していることを批判する声も一定数存在する。中国発のSNSであるTikTokは、情報セキュリティ面から見て懸念があるとされ、台湾政府は政府内機関のTikTok使用を禁止しているからだ。

選挙では同時多発的にさまざまな出来事が起こり、そのどれも正解がない。市民たちが情報の真偽を追い続けるのも骨が折れるし、疲れる作業だ。間近で見ていると、民主主義の難しさをまざまざと感じる。だが、これこそ民主主義だ。

台湾人たちは休みこそせよ、決してそれを放棄しない。「社会は自分たちのもので、主権者は自分だ。手綱は自分たちのところにある。手放したらまた、白色テロ時代に戻ってしまう」という恐ろしさがDNAに染み付いている。だがその一方で、生まれた時から民主的な社会が当たり前に存在した世代には、それほどの恐怖心がない人も多い。

選挙当日の朝、投票会場になった台北市内の小学校。赤ちゃんや子連れの若い夫婦、車椅子のお年寄りなど、たくさんの人が次から次へと訪れていた。筆者撮影

「日本の人口は半分が女性じゃないの?」

台湾では2005年に憲法が改正されクオータ制が導入されたことにより、現在は国会議員の女性比率が4割を超えている。これはアジアで最も高い割合だ(日本は1割に満たない)。台湾では「クオータ制(※2)を導入したのは不平等を解消するためであって、この制度はもう必要ない」という議論まであるほどだ。

私は日頃から日本の企業研修や大学などで、こうした台湾のジェンダー平等についての講義や講演をすることが多い。だが、企業研修になると参加者の多くは年配の男性で、講義を終えて返ってくる反応の多くが「ジェンダー平等が大事だって頭では分かるけど、なかなかね…」「優秀な男性を差し置いて、女性を登用するのは難しいよ」といった声だ。最近、食事会の席で知り合った台湾のメディア界で活躍する女性にこうした事情を話し、どう返事をしたら良いと思うか尋ねてみた。すると、彼女は質問で返してきた。

「日本の人口は半分が女性じゃないの?」

私が人口の半分は女性だと答えると、彼女は視線を手元の食事に戻しながら、「そういうことよ」とだけつぶやいた。

「民主的な社会において、意思決定者に自分たちの人口バランスが反映されていないのはおかしい」。それが台湾人の合理的な考え方だ。そこに議論や言い訳の余地はない。台湾人の間では、そこまで意識が進んでいる。

2014年3月18日に台湾で起きた「ひまわり学生運動」で活躍した1987年生まれの苗博雅さんは、台湾で初めてLGBT+であることを公開して当選した市議会委員だ。今回総統選と同日に行われた立法委員(国会議員)選に立候補して敗れたが、事務所には多くの市民が詰めかけていた。筆者撮影

民主主義を練習しよう

突然だが、あなたは何らかのマイノリティになった経験がおありだろうか?

私は2011年2月に駐在員との結婚を機に台湾に移住したが、出産後に離婚。台湾でおよそ6年間シングルマザーとして生活した。自分自身がそうだったから、時間的、あるいは金銭的な余裕がなく、社会や政治について考えたり、行動することができずにいる人の気持ちが私にはよくわかる。

でも、社会や政治を自分ごととして行動しないと、自分がぶつかっている社会の構造的な問題は解決できないままだ。台湾で暮らして13年目に突入した私は、いつもそのことをまざまざと感じている。

ここ数年、日本で災害や事故の直後に開かれる政府関係者による記者会見を見ていて、毎回感じることがある。それは、「政府側の人間が、自分たちが説明する相手は国民だということをすっかり忘れ去っているのではないか」という仮説だ。私の目に映る彼らは、「記者クラブに所属するお馴染みの記者たちにそれなりに話さえすれば、後は彼らがうまいように書いておいてくれる」といったやり方に慣れきっていて、まるで、その先にいる国民の顔を忘れているように見える。インターネットで同時配信される今、それが国民側に丸見えになっている。

台湾は違う。国民はあくまで一票を投じてまつりごとを政治家に任せているのであり、主権は自分たちにあるとはっきり自覚している。当選した後も監督し、ダメだと思ったら罷免する。

私自身「政治は頭の良い方々にお任せしておくのが良い」と教わってきたし、つい最近まで自分自身もそう思ってきた。民主主義をテーマに自分が文章を書くなんて、とんでもなくお門違いだと思っていた。

けれど、今ならそうではなかったと分かる。

私はまだ民主主義を練習中だ。だがそうであっても、台湾を見ていて私自身が教わったこと、思考が変化したことをこの連載で日本に届けることができたら、それが私にできる民主主義への参加方法でもあると、今のところ思っている。

  1. 白色テロ(1949-87年)
    台湾を統治していた日本が第二次世界大戦に敗れ、撤退すると、蔣介石率いる中国国民党(以降、国民党と記載)が台湾を接収。中国大陸から移ってきた外省人と、もともと台湾で暮らしていた本省人との間に対立が生まれ、1947年には二二八事件が勃発。両者の対立が各都市で激化した。続く1949-87年まで国民党政府により戒厳令が敷かれ、為政者の政治的な敵対者とみなされた民主運動家や知識人、一般民衆までもが連行、投獄、処刑される白色テロが横行した。ずっと後になってその多くが冤罪であったことを政府が認め、謝罪しているが、正確な犠牲者を示す資料は残っていないとされる
  2. 格差是正のためにマイノリティに割り当てを行うポジティブ・アクションの手法の一つ