台湾から学ぶ「民主主義ってなんだろう?」②[青鳥行動]
デモへの参加は公民の授業
台湾では2024年1月に総統及び立法議員(日本の国会議員に相当)選挙が終わり、2月に新立法議員が就任、5月に新総統らの就任式が行われ、新体制でのまつりごとがスタートした。波乱だらけの幕開けになることは、市民の誰もが予感していたと思う。
法案の強行採択に市民らが抗議
現在の国会は、蔡英文前総統や賴清德現総統が所属する民主進歩党(通称「民進党」)が、中国国民党(通称「国民党」)の議席を下回る、“ねじれ”状態にある。
そんな状況で国民党は、少数ではあるものの議席を増やした第3党の台湾民衆党(通称「民衆党」)と連携し、「国会改革法案」及び「花蓮交通三法」といった2つの法案を強行採決しようと試みた。
これが明らかになった5月下旬、「十分な議論が行われていない」「議論がないのは民主主義ではない」という意を示そうと、多くの市民たちが立法院(日本の国会に相当)周辺で大規模な抗議行動を起こした。それも一度ではなく、連日、複数回にわたって行われた。
一つ目の「国会改革法案」で特に疑問視されたのは、国会が総統や公務員、法人などさまざまな立場の人々を質疑応答に呼び出すことができるようになるのに加えて、機密資料を提出しなければならなくなったり、虚偽の回答をすると罰せられるようになってしまうという点だ。これが国会の権力を増大させるのではないかと指摘する声も強い。
もう一つの「花蓮交通三法」では、法案の中に台湾を一周する台湾新幹線(高鐵)の建設案や、「国道5号を東に延ばすために台湾の中央山脈を貫通させた道路を建設する」といった内容が記されていた。日本で言えば、富士山や日本アルプスの中に道路を通そうと言われているようなものだ。
市民たちの抗議スローガンはこうだ。
「沒有討論 不是民主」話し合いがないのは
民主主義ではない 「自己的國家自己救」自分の国は自分で救え
5月17日、立法院の周辺に市民らが集結したのが契機となった。
続く5月21日には午前中から続々人が集まり、夜まで抗議活動が行われた。主催者は夜22時に約3万人が集ったと発表。この日は法案が通過しないまま、深夜23時46分、国会が閉廷した。
法案の再審議を求めて最も多くの民衆が集結したのは5月24日。夜の時点でおよそ10万人が台湾各地から集まったという。台北の立法院周辺だけでなく、台湾の各地方都市、そして日本の池袋でも集会が行われた。
法案が通過した5月28日にも抗議活動は続き、6月にも三回の抗議行動が行われた。
これら一連の抗議行動は「青鳥行動」と呼ばれている。
立法院脇の「青島東路」という道が抗議のメイン会場となったものの、「青島に集おう」などとSNSで投稿すると、プラットフォーム側のアルゴリズムで政治的な投稿だとされ、表示回数を減らされる恐れがあることから、一文字変えて「青鳥」としたことに由来する。デジタルリテラシーが高い、台湾らしい発想だ。
「ひまわり学生運動」から次の世代へ、受け継がれる民主主義
「青鳥行動」は、2014年3月に起こった「ひまわり学生運動」、そして1990年3月に起こった「野百合学生運動」という、台湾人にとってとても重要な過去の民主化運動から密接に繋がっている。
今回、法案の強行採決に反対した立法議員の多くが「野百合学生運動」で頭角を表し、政治家になった面々だ。その少し下の世代に、「ひまわり学生運動」をきっかけに入閣したオードリー・タン前デジタル大臣や、立法議員になったフレディ・リム氏らがいる。
フレディ・リム氏は1月の立法議員選挙で、下の世代に議席を渡すとの意を表明し、下の世代の選挙活動を全身全霊で応援、自身は引退した。
今回の「青鳥行動」の現場では、「10年前、ひまわり学生運動の頃はまだ小学生でした」といった若者たちを多く見かけた。今は高校、大学生や社会人になった彼らが、街頭で「ひまわり学生運動では、台湾の民主主義を守ってくれてありがとう」「今度は私たちが守っていく番です」とスピーチしていた。
「この社会は自分たちのものだ」、そう考えているからこそ出てくる言葉だと思った。
デモがピースフルだった理由
10年前の「ひまわり学生運動」は、一部の大学生らが国会議事堂を占拠して抗議したデモだった。対して今回の「青鳥行動」では、「冷静を保とう」「立法院への突入はやめよう」と呼びかける参加者が大勢いたという点で、非常に対照的だった。
「立法院に突入するのはやめよう」というプラカードを手に、立法院前に立ち続けていた20代と思われる女性たちに話を聞くと、こう話してくれた。
「10年前のひまわり学生運動のように、突入したいと考える人もいると思う。でも今はまだ、そこまで切迫した状況ではありません。今突入してしまうと、それを逆手に取られて、国民党や民衆党が法案を通してしまうリスクもあります。
香港のデモも、衝突が衝突を生み、対立が激化し、良い結果にはならなかった。私たちは、突入や衝突が良い手ではないと学んだんです」
実際、デモ現場は、警察も談笑するピースフルな雰囲気。
ベビーカーを押しての赤ちゃん連れや、犬の散歩がてら現場に来てみたという方も数多く見受けられた。
小中学生もたくさん現場に来ており、「青い鳥を折ろう」という折り紙教室が開かれ、民主主義に関する絵本を読み聞かせる人もいた。
立法院前に屋台を出してアイスクリームを売るおじさんもいれば、「抗議行動は疲れるからね」と、マッサージの無料サービスを行うボランティアの若者もいるほどだった。
“デモへの参加は公民の授業”と大人たちが学生を援助
個人的に最も印象的だったのが、シニア世代が若者たちのデモ参加を金銭的、あるいは物資的に支援するという現象が起こったことだ。
若者、特に地方で暮らす学生たちにとって、台北で開催されるデモに参加するための交通費や宿泊費は負担となる。中にはバイトを休まなければならない人もいるだろう。
「若者たちに、リアルな公民の授業を受けさせてあげよう」
職業がジムトレーナーという一般女性がSNS上で呼びかけたところ、主にシニア世代600人以上の市民スポンサーが集まり、離島も含む台湾各地からの交通費・宿泊費、及び物資などの支援が次々に寄せられた。
そのカンパで高速バスを貸し切るなどして、地方から台北まで、若者たちが続々と到着したのだ。
この市民スポンサーは「金孫に課金する阿公阿嬤(可愛い孫に課金するおじいちゃんおばあちゃん)」と呼ばれ、数多くの感動的なエピソードが生まれた。
恥ずかしながら、日本で暮らしていた頃の私には、「デモに参加するのは、ちょっと極端な人」といったイメージがあった。だが、今回デモ現場を訪れたことで、私の価値観は完全にアップデートされた。
夕食後の散歩がてら、娘や夫と共にデモ現場を訪れたというおばさんが、こう話してくれた。
「デモに参加することは怖いことではないよ。たとえ法案が通ってしまったとしても、『私たちがここに集った』ということが大事なんだ。政治家たちに、『あなた方がしていることを見ている市民がこんなにたくさんいる』と示すためにやっていることだからね」
「ひまわり学生運動でしっかり釘を刺しておいたのに、10年後にもまたここに来なければならないなんて、まったく政治家とは困ったものだよね」
明るく笑うおばさんに、励まされるような思いだった。
そして、「ひまわり学生運動」を振り返って話してくれたオードリー・タン氏の言葉が脳内によみがえる。
「市民は発見したんです。そもそもデモとは、圧力や破壊行為ではなく、たくさんの人にさまざまな意見があることを示す行為だということを。政治は国民が参加するからこそ、前に進める」
(2019/12/12『「国民が参加するからこそ、政治は前に進める」――38歳の台湾「デジタル大臣」オードリー・タンに聞く』Yahoo!ニュース特集)
「青鳥行動」が起こった当時の私は、日本で共同親権法案がスピード強行採択されたことに落ち込んでいた。この先、ますます追い込まれるであろう子どもたち、母親、父親たちのことを思うと、自分の無力さに、立ち上がれなくなっていた。
でも、目の前の台湾人たちは「子どもたちの未来を少しでも良くしよう」「自分の国は、自分で守れ」と、全く止まることがない。
今の社会は過去の歴史の結果であり、それを自分たちで創ることができるのが民主主義なはずだ。台湾人の行動から、そんなことを学ばせてもらった。
(取材・執筆:近藤弥生子)
(写真提供:sasakiayako)