映画で「世界」を語り合おう ー シネマ・ダイアローグ #002

『ミッション・ジョイ』

#002『ミッション・ジョイ~困難な時に幸せを見出す方法~』

映画配給会社ユナイテッドピープルの代表・関根健次さんとともに、映画を通して「世界」の現状を語り合う連載企画『シネマ・ダイアローグ』。第2回目は映画『ミッション・ジョイ~困難な時に幸せを見出す方法~』を取り上げます。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(以下、ダライ・ラマ:敬称略)と、南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動の指導者の一人、デズモンド・ツツ元大主教(以下、ツツ:敬称略)という2人のノーベル平和賞受賞者による貴重な対談が一本の映画に。宗教の違いを超え、時にお茶目にユーモアを交えながら、「生きるとは?」「死ぬとは?」「幸せの見出し方とは?」について、言葉と対話を重ねていきます。その中に散りばめられた数々のパワーワードや名言の中から、特に共有したい言葉を本作の国内配給を手掛けるユナイテッドピープル代表の関根健次氏と、アソボット代表の伊藤が「JOY WORD」として拾い上げながら、その言葉の背景にあるダライ・ラマとツツの半生と幸福論を紐解いていきます。

ダライ・ラマとデズモンド・ツツの半生について

[ダライ・ラマの半生]
チベット仏教の最高指導者。1935年生まれ。2歳の時、ダライ・ラマ13世の転生者と認定される。5歳の時、ダライ・ラマ法王14世として正式に即位し、15歳で全政治的権限を委任された。中国のチベットの侵攻により、1959年インドに亡命。その後、インドのダラムサラにチベット亡命政権を樹立。1967年から外交をはじめ、チベットの窮状と平和の実現を訴えてきた。1989年その非暴力の闘いが認められ、ノーベル平和賞を受賞。2012年には宗教界のノーベル賞であるイギリスのテンプルトン賞を受賞。1959年に亡命をして今年で65年、いまだチベットの土を踏んでいない。

[デズモンド・ツツの半生]
1931年、南アフリカ生まれ。南アフリカの聖公会司祭であり、反アパルトヘイト活動家として知られる神学者。 1985年〜1986年はヨハネスブルク主教、その後1986年〜1996年まではケープタウン大主教を務めた。1984年、アパルトヘイト問題を解決し終結させた功績によってノーベル平和賞を受賞。アパルトヘイト廃止後、ネルソン・マンデラ大統領(当時)に請われて真実和解委員会の委員長に就任。南アフリカのみならず、各国の平等と人権のために闘い続けた。2021年、南アアフリカ西部のケープタウンにて90歳で死去。


その1."JOY"

アソボット 伊藤剛(以下、伊藤):この作品のタイトルに起用された言葉が“ハピネス”ではなく“ジョイ”であることが、まず面白いなと僕は思いました。特に日本では、“幸せ”や“幸福”という言葉が意外と響きにくいというか、“平和”や“ウェルビーイング”の言葉と同様に、実体をつかみにく感のない言葉として存在している中なかで、どうやってこの“ジョイ”という言葉と、そこに紐づけられた意識をどう普及していくのか。この『ミッション・ジョイ』という作品タイトルは、そういったもの世の中に伝えていくことの難しさを使命感としてを背負っているんだなと想像しました。

ユナイテッドピープル 関根健次(以下、関根):日本と比べると“ジョイ”や“平和”といった言葉が、まだ日常的に感じられるアメリカでは、この映画の原作である書籍『The Book of Joy』がまず大ヒットして、読者の幸福感を高めるために大きく寄与した、と話題になったんですね。書籍や映画という枠を超えてひとつのアクションというか、この『ミッション・ジョイ』をガイドにして、それぞれがどうやって自分自身の幸福度を上げていくのか、WEB SITEサイトにはその手がかりになるコンテンツが展開されています。

伊藤:なるほど。ラーニングコンテンツ化されて、ひとつのムーブメントとして広がっているんですね。この映画をユナイテッドピープルで買い付けた背景にはも、日本でもそういった動きが生まれるといいな、起こしたいな、というのもあったりましたか?

関根:そうですね。最近、日本の大学では『ウェルビーング学科』という学科ができたりして、これまで一部の人が取り組んできたようなウェルビーイングや幸福のあり方みたいなものを広く学べるようになったのは大きな変化だと思っています。また、“いかに生きるのか”といったことを考えたり、社会の大切なことを共有するための道具として映画を活かしたい、という想いは、この映画に限らずもともと根底にあります。幸福への辿り着き方は100人いれば100通りあっていいと思いますが、そのためのヒントや発見が、この作品にはあるんじゃないかなと思って買い付けました。

©Miranda Penn Turin

その2. "苦しみは、喜びの深さを知るためにある"

伊藤:「苦しみは喜びの深さを知るためにある」。この言葉はチベットのことわざとして映画の中で紹介されていますが、ダライ・ラマとツツの口から発せられるからこそ深く刺さる言葉ですよね。映画の中でも少し描かれていますが、ダライ・ラマのとツツの半生を改めて振り返って見てみると、とんでもない苦しみや逆境や苦しみを経験しがあったことが改めてわかりますし、。ツツにとっての『アパルトヘイト』というものもがどれだけ酷いものだったのか。その歴史は少しずつ風化されつつあるように思いますが、ああいった人生を送ってきたにも関わらず、苦しみを肯定できてしまう凄味を改めて感じます。

関根:困難な時にも幸せを見出だす、みたいなね。簡単には真似できないですよね。近年の日本で言うと、コロナ禍以降ますます経済が落ち込んで、世界の中での日本の立ち位置がどんどん下がり、国際的な競争力も低下する一方で、これからどうなってしまうんだろう・・・という漠然とした不安の中にいる人は少なくないように思います。そうでなくても、それぞれが個人の悩みや苦労を抱える中で、ダライ・ラマとツツの歩んできた半生と自分自身の人生とを対比しながら、「あの苦労を乗り越えた人たちの知恵とはどういうものなんだろう?」と、私たちが学べる部分はたくさんあるように思うんです。

©Miranda Penn Turin

その3. "赦しとは、忘れることではない"

伊藤:この作品の中で特段重要だと思ったポイントがあって、それはやはり“赦し”に尽きる気がしました。あれだけの迫害やつらい目にあってきたにも関わらず、なお赦すことができるということに心底驚きます。どうしたら、その“赦す心”を手に入れることができるのだろうかと。

関根:日本ではあまり知られていないかもしれませんが、ツツは南アフリカの『真実和解委員会』の委員長を務めています。アパルトヘイト時代、白人に虐げられた黒人たちの中には、親や子どもを殺されたり、暴力を振われたり、残酷な差別を受けた人がたくさんいました。当時のネルソン・マンデラ大統領を中心に『真実和解委員会』という組織を作り、ツツを委員長に指名して、白人に対して罪を認め、真実を明らかにすることで、その罪を赦すという施策を行いました。“憎しみの連鎖”や“報復の連鎖”を断ち切る手段としての“赦し”。ツツはそれをやってのけた先人のひとりなんです。

伊藤:真実和解委員会については、僕自身も『PEACE COMMUNICATION』のプロジェクトの中でずっと興味を持って調べていました。平和構築のための具体的な施策として、いろいろな国で実施されてきましたが、その中でも南アフリカは成功事例のひとつと言われています。その詳細を見ていくと、「和解」とは口で言うほど簡単なことではなく、赦す側も赦される側も、どちらも筆舌し難い葛藤の末に「和解」に辿り着いている姿が見てとれます。だからこそ、ダライ・ラマが「赦しとは、忘れることではない」「赦すことと忘れることは違うんだ。忘れちゃダメなんだ」と、強く語っていたシーンにはすごくグッときてしまいました。「犯罪者を赦すのは、弱い人間や弱い社会がやることだ」といった社会からの問いかけにも強く反論していましたよね。「怒りを抑えること、赦すことこそが、最も尊い崇高な行為なんだ」と。

©Tenzin Choejor

その4. "本当の喜びとは、人を助けることにある"

伊藤:映画の中では、二人それぞれの宗教観や人生観によって色々とが語られていますが、人によって幸せの形っていろいろあるよね、というような話ではなく、「人間の幸せは他人と関わる中にある」「喜びや“JOY”は、他人を思いやる先で生まれる」と、はっきり言い切っているところが気持ち良いというか、ひとつの出口を示しているように思いました。

関根:ツツが「喜びはご褒美なんだ。他の人を喜ばせるために努力することへのね」とも言っていましたね。南アフリカに古くから伝わる “ウブントゥ”という考え方を紹介していて、では「自分の価値は他の人の中から見つかる」ということをね。この作品を観てくれた方の中なかに、「この映画はひとつのレームワークで、“『認知的再構成法(※)』”だ」とおっしゃった方がいたんですが、その通りかもしれません。ある状況に対して、今は苦痛だと思う人がいるかもしれないけれど、それをチャンスとして喜びに転換する余地はいつでも存在しているということです。

伊藤:たしかに、そうかもしれないうですね。ツツの言葉から拾えば「本当におぞましい状況もやがては乗り越えられる」と。それは僕自身も大きな希望として受け取りました。それから、ダライ・ラマが「成長するには時間がかかるんだ」と言っていたこともある意味で救いでしたね。ダライ・ラマはもう90歳近くになりますが「いまだに自分は一生徒である」と、ずっとラーナー(学ぶ側)であり続ける姿勢もすごく印象に残っています。我々私たちが抱えている課題ものの中には、たとえば、ガザ地区での紛争など、問題そのものや気持ちがすぐにはクリアにならないことも数多くありますが、どんな問題も時間はかかるということ。逆に言えば、時間をかけさえすれば、どんなおぞましい状況も乗り越えられるということ。そして、他人との関わりや学びの途上で、それぞれの“JOY”を見つけられたらいい。そんなふうに考えることを学ばせてもらった気がします。

※『認知再構成法』とは?
認知行動療法の技法のひとつで、ワークシートなどを活用しながら、起こった出来事や状況、感情、頭に浮かんだ考えなどを書き出し、整理をしていくもの。整理して書き出すことで、事柄を自分の外部に置いて対象化できるようになり、ネガティブな認知をより望ましい形に変容させて行動を変えていくことができる。

©Miranda Penn Turin

上映会開催の手引き

この作品は、誰でも「自主上映会」を開催することができます。
詳しくはこちらをご覧ください。

また、上映会を開催した際に、シネマ・ダイアローグとして「対話するための問い」をいくつかご用意してみました。こちらもぜひご参照ください。

シネマ・ダイアローグ・トピックス〜「ミッション・ジョイ」喜びを広めるための“TAKE ACTION”より

①「ミッション・ジョイ」を観て、今どんな気持ちですか?

②映画を観たあとの気持ちをひとつの言葉として表すとしたら?

③法王または故ツツ大主教に質問したいことは何ですか?

④喜び(Joy)と幸福(happiness)の違いは?

⑤私たちはどうすれば自分の感情をコントロールできると思いますか?

⑥私たちが困難を克服しようとする時、喜び(Joy)はどんなふうに役に立つと思いますか?

⑦「BIG JOYプロジェクト(※)」に参加してみよう!

※「BIG JOYプロジェクト」とは?
映画『ミッション・ジョイ』と、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、ハーバード大学の一流科学者とのコラボレーションによる市民科学研究プロジェクト。参加者は毎日、取るべき1つのマイクロアクションと、自分の気持ちを記録するチェックインが書かれたEメールを受け取り、1日7分、7日間、自分のために“JOY”を創り出すことに取り組む。1週間の終わりには、どの行動が自分にとって効果的であったか、個別レポートを受け取ることができる。完全無料。

映画『ミッション・ジョイ~困難な時に幸せを見出す方法~』
監督:ルイ・シホヨス 共同監督:ペギー・キャラハン
出演:ダライ・ラマ14世、デズモンド・ツツ 他
プロデューサー:ペギー・キャラハン、マーク・モンロー 製作総指揮:ダーラ・K・アンダーソン 他
配給:ユナイテッドピープル
2021年/アメリカ/90分/ドキュメンタリー