映画で「世界」を語り合おう ー シネマ・ダイアローグ #001

『ガザ・サーフ・クラブ』

#001『ガザ・サーフ・クラブ』

映画配給会社ユナイテッドピープルの代表・関根健次さんとともに、映画を通して「世界」の現状を語り合う連載企画『シネマ・ダイアローグ』。第1回目は、2023年10月のガザ侵攻を受け、関根氏が急遽配給を決めたドキュメンタリー映画『ガザ・サーフ・クラブ』を取り上げます。ひとつの海を隔て、天国と地獄とでも言うべき景色の広がるガザとハワイ。ふたつの海岸を行き来しながら、サーファーの視点でガザの“あるがままの日常”を描きます。

<あらすじ>はこちら

世界最大の「天井のない監獄」とも呼ばれるガザ地区で、自由と解放を求めサーフィンに興じる若者を追ったドキュメンタリー。
42歳のアブー・ジャイヤブは、最年長のサーファーで、若者たちにサーフィンを教えている。以前はクローゼットの扉やテーブルの天板など、どんな木片の上でもサーフィンをしていた。23歳のイブラヒームは、いつかガザでサーフショップを開くのが夢だ。女性のサーファーもいる。15歳のサバーフは、子どもの頃にサーフィンを習っていた。しかし彼女はもう、若い頃のように自由にサーフィンしたり泳いだりすることはできない。そんな中、イブラヒームに転機が訪れる。仲良くなったマシューがハワイに来ないかと誘ってくれたのだ。ガザからハワイへ。イブラヒームの夢は膨らむが──。


「海を愛する人ならきっと何か感じ取ってもらえるはずだし、それをきっかけにガザのことを知ってもらえたら」

アソボット 伊藤剛(以下、伊藤):『ガザ 素顔の日常』というドキュメンタリー映画が2023年10月に急遽再上映になったあと、2024年1月に公開されたのがこの『ガザ・サーフ・クラブ』ですね。

ユナイテッドピープル 関根健次(以下、関根):そうです。「人の噂も75日」と言うように、ガザの侵攻(2023年10月7日)から時間が経てば経つほど、やはり世間の関心が引き始めていくのを結構感じていました。それもあって、別の角度からガザを伝えるものを・・・と思って投入した映画がこの『ガザ・サーフ・クラブ』でした。

伊藤:『ガザ 素顔の日常』と『ガザ・サーフ・クラブ』は、同時期に買い付けをしていたんですか?

関根:『ガザ 素顔の日常』の方が先です。ガザという地域は、ユナイテッドピープルを設立する原点とも言えるような場所なので、ガザに関する作品はずっと探していたんですが、いくつもある中で一番初めにピンときたのが『ガザ 素顔の日常』でした。 でも、この1本だけではきっと伝えきれなくなる時が来るというか、関心や興味をつなでいく必要が出てくるなと思っていた時に見つけたのが『ガザ・サーフ・クラブ』だったんです。これは劇場公開だけじゃなくて、「サーフコミュニティ」を中心に、じっくりと届けていきたいと思っている映画ですね。

いま具体的に進めていることとしては、湘南地域のサーファーたちにたくさん観てもらおうと思って自主上映会の働きかけなどをしているところです。地理的な違いはあるけれど、サーフィンを愛する、海を愛する人ならきっと何か感じ取ってもらえるはずだし、それをきっかけにガザのことを知ってもらえたらと。

伊藤:僕自身も普段海の近くで生活し、日常的に海のスポーツをしている一人として、この映画から感じるものはたくさんありましたし、知り合いのサーファーの方たちにもこの映画を観てもらいましたが、反応はとても良かったです。基本的に、サーファーたちには「海はひとつ」という感覚を持っている人が多いので、共感の度合いも高いのだと思います。

「“紛争地としてのガザ”ではない部分を映している、伝えているという意味でも、この作品はとても貴重かもしれない」

伊藤:僕らが頭の中でイメージしがちな「紛争地としてのガザ」ではない部分を映している、伝えているという意味で、この作品はとても貴重な映画だと思います。

関根:そうですね。『ガザ 素顔の日常』で映し出されるガザの人々の姿も、もちろん素顔なんですが、この映画では特に若者の「なんだ、僕らと変わらないじゃん」という意外な部分をたくさん見られると思うんです。

伊藤:たとえば、若者たちが「遊園地で遊ぶシーン」や「ナイトクラブで踊っているシーン」などは、本当にそう感じましたね。他にも、サーフィンで波待ちしている時に、岸辺に見える高層ビル群の景色にちょっと驚きました。

印象的だったのは、一度も外国に行ったことのないサーファーの主人公イブラヒームが、ガザでサーフショップを開くことを夢見て、サーフィン業界を学ぶためハワイに勉強しに行った時、「ハワイには街がないと思っていた」と語るシーンです。ハワイにはてっきり海と山しかないと思っていて、来てみたら想像以上に“都会”だったという。彼のあの純粋な驚きって、まさに映画を観ている僕らにもはね返ってきますよね。つまり、映画で描かれるガザを観て、そこに自分との共通点や、若者らしさを見つけていちいち驚くこと自体、「そもそもガザを何だと思っていたのか?」と必然的に問われます。彼はそんなつもりで言っていないかもしれないけれど、映画を通して「自分の先入観」を突きつけられたような気がしました。

でもこの作品、日本だから公開できたと思いますが、アメリカで公開しようとしたら相当大変なんじゃないかな、と想像します。

関根:そうかもしれないですね。僕ができることとしては、まずは日本で、少しでも多くの人に観てもらいたいし、そのために、どうしたら関心を持ってもらえるか・・・ということに集中するしかないと思っています。

この数カ月間で、25,000人以上の人々が殺され、そのうち子どもは1万人もいるというのが現実です。病院の多くが破壊され、機能不全に陥っているか、病院が避難所にもなっているからベッドがひとつも空いていない状況。それでもケガ人が次々と押し寄せ、医薬品も足りない状況の中、医師たちは麻酔薬なしでたくさんの人たちを治療している。僕はこの戦争は人類史上最悪レベルだと思うし、それをあらゆる方法で伝えていくべきだと思っています。

「海が逃げ場にもなり、自由を感じられる唯一の場所になっていった」

伊藤:もうひとつ印象に残ったのが、ハワイでの髭剃りのシーンです。主人公のイブラヒームが、アメリカ人のマシューに「髭剃りがみどり色だけどいいかい?」って聞かれる。ガザ地区を支配する組織ハマスの旗がみどりなんですよね。とても短いシーンですし、あの言葉の真意は映画の中では追求されないですが、僕はあの言葉にすごく引っかかりました。マシューからすると「ハマスは大丈夫なのかい?大変かい?」というのを、きっと暗に言いたかったんではないでしょうか。

関根:そうですね、おそらくマシューが皮肉を言ったんだと思います。アメリカ人であるマシュー自身がハマスについてどう思っているのかまでは分かりませんが、ハマスに対して不自由を感じている若者は少なからずいるんではないかと思います。

ガザには30年前には映画館が10館あったそうなんですが、イスラム主義者による放火や戦争によって次々と破壊され、今回の戦争の前に営業中の映画館はありませんでした。実は、2019年に『ガザ 素顔の日常』がガザで行われたレッドカーペット人権映画祭のオープニング映画として上映されたのですが、ハマスがこの映画祭を「道徳に反する」としたため、屋外での上映となっています。映画館の再開を求める声もありますが、ハマスが許可しない状況でした。今回の映画で言うと、だからこそ海が“逃げ場”にもなり、自由を感じられる“唯一の場所”になっていった、ということなのかもしれないですね。

「生きる場所を捨てる、変えるということの意味や重さもこの映画にはあるような気がします」

伊藤:この映画には、主人公のイブラヒームを支援するサーファーとして“マシュー”が登場しますが、なぜ「ガザとハワイ」の間にこのような関係性があるのかは、映画では詳しく描かれていません。実は、マシューは『サーフィン4ピース』という団体のアンバサダーで、この組織は、サーフィンを通して中東と世界をつなぐことを目的としたコミュニティなんですよね。そして、そこの団体を設立したのが、“通称ドク”と呼ばれてきたハワイの伝説的サーファー・ドリアン・パスコウイッツ(※1)。1950年代にイスラエルに行き、初めてサーフィンを伝えた人物ですが、2007年にガザのサーファーたちがたった1枚のサーフボードを共有している窮状をメディアで知り、イスラエルの厳しい検問を半ば強引に突破して、ガザに14本のサーフボードを持ち込んだ人物でもあります。そして何より、実は彼が「ユダヤ系アメリカ人」であったということが、この映画のサイドストーリーというか、隠れた重要なメッセージになりうるのではないか、と感じました。

関根:その通りだと思います。本当は、この映画の配給を決めた時、公開する予定の2024年1月には、戦争は終わっているだろうと思っていたんです。 戦争が終わり、破滅的になってしまったイスラエルとパレスチナの関係性を再構築していくフェーズに入っているのではと。だからこそ、この作品が宗教や国境を越えたヒューマンレベルでのフレンドシップ、友情を伝えるものとしても届くんじゃないかと思っていましたし、平和を再構築していく糸口になって欲しいという願いを持っていました。この作品の配給を決めた背景にはそんなことがあったんですが、まさかこれほど戦争が長引くとは想像もしていませんでした。

ガザで生きる若者の中には、この映画のイブラヒームのように、できることならガザを離れて安全で自由な所へ行きたいと思う人もいるでしょう。でも一方で、一度境界を超えてガザを出てしまうと帰って来られなくなるリスクもあるので、出たくても出られない人が多くいるのも事実です。天国と地獄、自由と不自由の間でなんとか小さな喜びを見つけようとしてサーフィンをしていたわけですよね。

伊藤:ガザのそのような現実を、はたして僕らがどこまで本当の意味で理解できるのか分からないですが、3.11の大震災が起こった時、放射能の汚染や自然災害に遭った故郷を簡単には捨てられなかったことと、どこかシンクロする部分があるのかもしれないですね。つまり、歴史的なことも含めて、生きる場所を捨てる、変えるということの意味や重さもこの映画にはあるような気がします。

関根:イスラエルが建国される歴史の中で、ガザという街は、故郷の家を追われた人たちが多く移り住んだ場所でもあります。「いつか故郷に戻れるかもしれない」というわずかな希望を持ちながらも難民2世、難民3世が生まれてきて、今またそこからも追われそうになっている、というのがガザなんです。

「彼は『僕の将来の夢は、高性能の爆弾を作り、できる限り多くのユダヤ人をヒトラーのように殺すことだ』と言ったんです」

関根:僕が現地で出会ったガザの人々の印象は、基本的にめちゃくちゃ明るい。人懐こくて、良い意味でお節介な人たち。メディアを通じて知るいわゆる“紛争地”のイメージからは程遠いと今でも感じることがあります。

そんな場所に閉じ込められて育った子どもたちは、未来にどんな夢を持っているんだろうと思って、現地に初めて行った時に聞いてみたことがあるんです。周りに傷ついている家族や友達が多いので、誰かの役に立ちたいっていう意味で「医者」や「救急隊員」「学校の先生」になりたいという答えが多かったんですけど、13歳のひとりの少年が「僕の将来の夢は、開発者になって高性能の爆弾を作り、できる限り多くのユダヤ人をヒトラーのように殺すことだ」と言ったんですよ。それを聞いた僕はもう本当に驚いて頭を殴られたようでした。

彼は4歳の頃にイスラエル兵士に叔母さんを目の前で殺されていたんです。そこから誰かを殺すことを思い描き始めてしまった。原因は戦争にあり、そういう意味で彼も戦争の犠牲者のひとりだと僕は思っていて。殺されてしまったことにより、悲しみだけではなく憎しみも持つようになってしまった。こういう思いが生まれないように、戦争が起きないように、相互理解を促進するような映画を届けようと思ったことが『ユナイテッドピープル』という配給会社を起業した出発点ではあります。

余談になりますが、実はガザの映画を自分たちでも製作できないかと思っているんです。まだ計画の途中ですが、いま企画を練っているところです。

伊藤:なるほど。「行けるようになったら、できるだけ早くガザへ行きたい」と言っていたのはそういう理由だったんですね。

ちょっと質問の仕方が難しいのですが、争いは一者では起こらなくて、必ず二者もしくはそれ以上の立場の人たちが絡み合って起こるわけですよね。ユナイテッドピープルは、ガザの映画を配給しながらも、それを通して“イスラエルは敵だ”と言う人たちを決して増やしたいわけでもないと思うのですが、そのあたりの折り合いはご自分の中ではどのようにつけているのでしょうか。

関根:すごくシンプルに、「傷ついている人がそこにいるから」ということでしかないです。実際に、今回の戦争で僕のイスラエル人の友達の家族が襲撃で殺されてしまい、その友人から電話をもらった時は一緒に泣きました。何で悲しいかというと、そこで人の命が無惨な形で失われているからです。たとえば、いま目の前で交通事故が起きて誰かが倒れているとしますよね。そんな時に国籍を聞きますか? 宗教は何ですかと聞きますか? 聞かないですよね。すぐに救急車を呼んで、止血をして、頑張ってくださいと声をかけ続ける。僕はこれが“ヒューマニティ”ということだと思うんです。ユダヤ人だから、アラブ人だから、キリスト教徒だから、そういう区別は必要ないし、失われなくていい命が失われることに対して、今までもこれからも声を上げていければと思っています。

伊藤:日本で普通に暮らしていて、この現実を直視し続けるのはとても苦しいことだと思います。無力感さえある。とはいえ、人間として僕らが目を背けていい問題ではないと思うので、まずは知ってみる、という意味でもぜひこの映画を観てほしいと思います。

© Niclas Reed, Middleton Little Bridge Pictures

上映会開催の手引き

この作品は、誰でも「自主上映会」を開催することができます。
詳しくはこちらをご覧ください。

また、上映会を開催した際に、シネマ・ダイアローグとして「対話するための問い」をいくつかご用意してみました。こちらもぜひご参照ください。

シネマ・ダイアローグ・トピックス

①なぜイスラエルはサーフボードを輸入させないのだろうか? 

②エジプトで何度も「入国申請が却下」されたのはなぜだろうか?

③映画に登場するガザの女性は、なぜサーフィンを止めてしまったのだろうか?

④「ハワイには街がないと思っていた」と驚く主人公と同じ様に、あなたがこの映画でガザの生活を見て驚いたことは何だろうか?

⑤「かつてガザは最高の場所だった」と語るシーンがありますが、かつてはどんな場所だったのだろうか?

⑥映画の中では、国境を超えて外国に行くことの困難さが度々描かれています。私たちが「行けるのに、行かない」ということと、「そもそも、行けない」ということは、どれくらい違うことなのだろうか? 自分の人生に置き換えて考えてみよう 
※例):コロナ禍の生活、選択肢がない状況、初めてひとり暮らした時

⑦主人公が自国の文化とは大きく異なるハワイの女性の格好やタトゥーが入った様子を見て、戸惑いながらも「それが自然なんだろうね」と受け入れるシーンがありました。彼らの文化を見て、私たちが「それが自然なんだろうね」と受け入れていくべきことは何だろうか?

⑧映画の最後のシーンでは、「今は最悪だけど必ず変わる。よりよい時代が訪れるはずだ。永遠なんてない。世界は変わり続ける」というナレーションで終わります。この言葉を受けて、私たちにできることは何なのだろうか?

『ガザ・サーフ・クラブ』
監督・脚本:フィリップ・グナート、ミッキー・ヤミネ
製作総指揮:ミッキー・ヤミネ
プロデューサー:ベニー・タイゼン、ステファニー・ヤミネ、アンドレアス・シャープ
撮影:ニクラス・リード・ミドルトン
編集:マレーネ・アスマン、ヘルマール・ユングマン
音楽:サリー・ハニー
出演:サバーフ・アブ・ガネム、モハメド・アブー・ジャヤブ、イブラヒーム・アラファト
原語:アラビア語 / 英語 / ハワイ語 字幕:日本語 / 英語
配給:ユナイテッドピープル 字幕:額賀 深雪 字幕監修:岡真理
2016年/ドイツ/87分

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