Bosai Mapping(ネパール国際協力)

Pictogram + Bosai = Community School

ネパールのODA技術協力プロジェクトに「広報・PRの専門家」として派遣され、「学校と地域の対話の場」を新たに創出することを目的に「ピクトグラム」を活用したコミュニティ防災のワークショップ・ツールを制作しました(2013-2018)。

このプロジェクトは、JICAの「ネパール小学校運営改善支援プロジェクト(フェーズ2)」として実施されたものです。このプロジェクトが生まれた課題の背景や、案件形成されるまでのプロセスを以下に紹介いたします。

 

ネパールの教育状況

ネパールでは、小学校1年生の約20%が一年次の修了時点で留年・中退するなど、世界的に見ても「純就学率」が低レベルに留まっています。その要因には、「教員の質の低さ」や「親の教育に対する意識の低さ」など複数の問題が絡み合っていますが、課題克服のためには教育行政を地方分権化し、「地域住民が学校運営に参画していくこと」が重要だと考えられてきました。そこでネパール教育科学技術省では、各学校に『学校運営委員会(SMC:School Management Committee)』の設立を義務づけ、SMCを中心に『学校改善計画(SIP:School Improvement Plan)』を策定して学校運営を改善するという仕組みを導入。しかし、実際にはその制度は十分に機能できていませんでした。

そこで今回のプロジェクトでは、SIPをより機能させるための「学校関係者の人材育成事業」といったトップダウン型の施策をメインに据えつつ、一方で日本とは異なり地域住民が参加する学校行事がほとんどない中、新たに「学校と地域が対話する場」を創出するためのボトムアップ型の「コミュニケーション施策」を立案することになりました。

 

対象者を「セグメント」する

行政事業は、一般的に公平性を重視することが多いため「全員が事象対象者」になってしまいがちです。しかし、今回のようなコミュニケーションの視点で事業を立案していく場合には、「誰に」向けて実施するのか対象者を絞る(セグメントする)ことが重要になっていきます。そこでまずは現地でフィールドリサーチを行い、地域住民のインサイトを探ることから始めました。

調査をして分かったことは、住民の中に存在する「違い」です。具体的には、住民が[教育を受けている/いない]の違い、[金銭的余裕がある/ない][子どもの教育に熱意がある/ない]の違いによって4つのカテゴリーに分類。その中で[教育を受けていて/お金を持っている層]は、そもそも地域の公立校ではなく私立学校に通わせているので、本プロジェクトの対象から外れます。また、[教育を受けてなく/熱意も持っていない層]というのも少なからずいますが、彼らには「教育の大切さ」という根本から理解してもらう必要があるため、他のプロジェクトでカバーすべき対象者だと考えました。最終的には、[教育を受けていて/お金を持っていない層]と[教育を受けてないが/熱意を持っている層]を主な対象者に設定することになりました。

 

 

フィールドリサーチを進めていく過程で、特に後者の[教育を受けてないが/熱意を持っている層]には、ある共通した特徴が見受けられました。それは、学校運営会議などの「フォーマルな場に対する苦手意識」。自分自身が教育を受けていないことから、そもそも「人前で意見を述べる」ことだったり、学校運営などといった「マネジメント業務」に関与することへの根本的な躊躇いがあり、要約すると「コンプレックス」に近い感情です。一方、子どもたちが学校でどのように学んでいるのかを知りたいという気持ちは非常に強く持っていました。そのような地域住民の人たちが、コンプレックスを抱かず気軽に参加できる「カジュアルな場」とはどうあるべきか。それがアイデアの方向性となりました。

 

「子どもの視点」を付加する

「カジュアルな場の創出」を考えていくにあたって最も大事にしたかったのは、いかに「子ども」をプロジェクトの中心に据えるかということです。そこで、既存のSIP(学校改善計画)に「子どもの視点」を付加することを目的にした『ドリームスクール・プロジェクト(仮)』と名付けた施策を実験的に行いました。具体的には、「もしも、君たちが一日校長先生だったら?」という投げかけのもと、生徒たちの自由な発想で思い描いた「理想の学校」を可視化していくというワークショップです。

子どもたちはグループごとに協力しながらひとつの絵にまとめ、最後は先生と地域住民の前で発表しますが、そもそも学校行事がほとんどないネパールにおいて、いわゆる「授業参観的な行事」へと発展する可能性も視野に入れながら実施・検証を行いました。

 

この施策のポイントは2つあります。一つ目は、「学校改善点=理想(未来)と現実(現在)のギャップ」とすることで、議論すべきイシューを明確にしたこと。つまり、ギャップをどのように埋めていけばいいのかを考えていくことが、そのまま「今後の学校運営の指針」になるという議論時のハードルの低さです。

二つ目は、住民が学校運営に参加する意義を「政府や学校からの依頼」だからではなく、「子どもたちからの依頼」にコミュニケーションのベクトルを変えることでした。そうすることで、地域住民の「モチベーション」が自然と高まるのではないかと考えたのです。

 

新たな「イシュー(Bosai)」に挑む

ところが、2015年4月25日。M7.8の大地震が突如発生し、現地の状況は一変しました。学校と地域が子どものために取り組むべき最も重要なイシューは、紛れもなく「防災」となりました。不幸中の幸いだったのは、地震の発生した日が「土曜日」で学校の多くは休みだったため、子どもたちの犠牲は最小限に抑えられたことです。しかし、次の災害がいつ起きるのかは誰にも分かりません。そこで「もしも、あの日が金曜日だったら?」という問いのもと、「学校と地域が協力して防災について考える場の創出」へと新たに舵を切り直しました。

そうして開発されたのが『Bosai Mapping』と名付けた対話型のワークショップツールです。子どもたちが地域のさまざまな場所を模した「ピクトグラム」のカードを使って「コミュニティマップ」を作成し、先生や住民と一緒に「火事」や「洪水」など地域の危険な場所を話し合いながら、最終的に「防災マップ」を完成させるというもの。「Bosai」の概念がないネパールにおいて、日本の自然災害に対する知見を子どもと大人が一緒に学び合い、実際のアクションにつなげていくためのツールを目指しました。

 

「デザインリサーチ」から見えてくること

実は、ピクトグラムという「視覚デザイン」の手法を採用したのには明確な理由があります。それはネパール全体の「識字率」の低さです。地域住民の中には「文字の読めない人」たちも多くいるため、それが「フォーマルな議論の場」に対するコンプレックスにもつながっていました。震災以前に行っていた『ドリームスクール・プロジェクト』のアプローチが「手描きの絵」であったことも同様の理由からです。

しかし、視覚で容易に情報伝達が可能なピクトグラムだからといって、開発自体が簡単なわけではありませんでした。開発段階で最も重要だったのは「デザインリサーチ」と呼ばれる工程です。たとえば「学校」をイラスト化する場合、日本人であれば「真ん中に時計台がある建物」を想起しますが、ネパール人にとっては何が「それ」にあたるのかを考慮しなければなりません。またカラーの配色においても、そもそも「レッド=危険」「グリーン=安全」と認識できるのかが未知数です。文化背景が異なる国でコミュニケーション施策を行う場合、このような「デザインリサーチ」がいつも以上に必須であり、子どもたちと共に何種類ものプロトタイプを作成しながら「認識できる形状や色彩」を探っていきました。

 

ワークショップの「対話」をデザインする

ワークショップを設計する上でもいくつかの課題がありました。たとえば、子どもたちはあまり「地図的な概念」に慣れ親しんでおらず「東西南北」の意識が希薄だったため、ネパール人にとって最も身近で、どこにいても常に意識している[ヒマラヤ山脈]をピクトグラム化することで「方位」の代わりとするなど、簡単なファシリテーションで実施できるルールづくりを検討しました。

ワークショップは、いくつかのフェーズに分けています。まず最初に、真ん中に[学校]を置き、次にどこに[ヒマラヤ山脈]が見えているかを配置することで地図のベースを作ります。そして、生徒たちは[自分の家]の場所を探して置いていきます。ここまでが第一段階です。

次に、学校や家の周辺にある「地域のランドマーク」が何かを話し合います。[病院][交番][バス停][お寺][牛][やぎ][森]など、カードの中に近いものがあればそれらを置き、なければ白紙の[オールマイティカード]に新たに描くことができます。また、地図を作成するボードもホワイトボード製のため、子どもたちは描き間違いを気にすることなく何度も描き直すことができるようになっています。この段階になると、文字の読めない地域住民たちも「あそこに何がある」「そこには何がある」などと積極的に参加し始めます。

そして最終段階では、完成した「コミュニティマップ」をベースに、どこが[洪水][火事][崖崩れ]などの危険性が高いかを時間をかけて議論していきます。大人の視点だけでなく、子どもの目線から見た危険箇所を共有することによって、地域で解決すべき課題を浮き彫りになっていきます。

<ワークショップの様子>

「対話」から「行動」へ

「対話の場を創出する」ということだけであれば、ワークショップを実施することで目的は達成されます。しかし「防災」をイシューとした以上、実際に行動に移さなければ本質的には意味がありませんでした。そこでこのプロジェクトでは地図作成のワークショップはあくまで「プロセス」と位置付け、地域内にハザードピクトを「防災標識」として実際に設置することを「ゴール」としました。

具体的には、カードと同じピクトグラムを現地で低コストで調達可能なビニール素材に印刷し、それらを道端の木やフェンスに設置していきます。そうすることで、地域住民に対しては「防災意識」の啓発となることを意図しています。その中でも最も重要なサインだったのは、次に災害が起きた際の「避難場所」を実際に決めておくことでした。

このワークショップを継続していくことで、子どもを中心に学校と地域住民が防災についての考えを共有し、やがて学校の外に出て設置場所の許諾をとっていくプロセス自体が、地域のつながりを強化する機会となり、それが日本の防災における「共助」の土台となっていくことを期待しています。

「対話ツール」から「教育ツール」へ

『Bosai Mapping』は、JICAによる技術協力プロジェクトの中で開発されたコミュニケーションツールでしたが、その後文部科学省の『EDU-Portニッポン』パイロット事業の公認プロジェクトとして採択されました(2016年度)。この事業は、近年世界から注目を集めている日本の教育コンテンツを、官民協働で情報共有し海外展開していくための「日本型教育の海外展開推進事業」です。

具体的には、国立大学法人広島大学・教育開発国際協力研究センター(CICE) と協働して、震災を経験したネパールの小学校に対し、実際にこのツールが「防災意識」の向上につながったのかの教育的効果を検証するというもの。『Bosai Mapping』が、コミュニケーション・ツールの枠を超えてエデュケーション・ツールにもなりうるのか、今後の研究の進展が待たれます。

CREDIT

クライアント:独立行政法人国際協力機構(JICA)/株式会社国際開発センター(IDCJ)

企画&クリエイティブディレクションプロデュース:アソボット

アートディレクション&デザイン:nanilani