「私」の名を誇る。 〜苗字の歴史〜

「私」の名を誇る。

初出はGENERATION TIMES vol.3(2005年6月発行)に掲載。特集テーマ『roots』の中で、誰もが持つ「苗字」とは何かを紐解くために、当時の苗字研究の第一人者であった丹羽基二さんにインタビュー取材させていただいた貴重な記録です。

私が一番初めに書けるようになった漢字。それは、自分の「苗字」だった。
人は誰でも、生まれたその瞬間から苗字を持っている。「平凡な苗字だな」と思うかもしれない。「周りにいない苗字だな」と思うかもしれない。けれど、もう少し想いを巡らせてみると、苗字が持つ意外な事実と出合う。
約30万もの数にのぼるという日本人の苗字。その底知れぬ魅力にとりつかれ、50年以上もの年月を捧げてきた苗字の第一人者、丹羽基二氏(当時86歳)。苗字が語りかけている日本人の歴史と誇りについて彼に伺った。
明日、私の名前を書いてみるとき、ほんの少しでも誇りを持てたら幸せだ。

文・写真:GENERATION TIMES編集部


「苗字(=姓氏)」のルーツ

「約30万姓」、その数は世界一。一言ではなかなか実感しがたいこの数を、丹羽氏は自らの意志で苗字に込められた意味合いを調べながら、時にはフィールドワークも辞さずにひとつひとつ数え上げてきた。それはかつて江戸時代、「全国地図作成」という宿題のために日本全土を踏査した伊能忠敬のように。


―そもそも日本に「苗字」という定義が生まれたきっかけから教えて下さい

まず日本に文字という概念が生まれた頃の話をしなければなりません。今から1500~1600年前、邪馬台国の時代に中国から「漢字」が伝わり、人々は漢字でモノを表すことを覚えていきました。これが「文字」の原点。そしてその当時、すでに日本には「支配」と「服従」という組織が形成されており、支配身分を表す文字が必要となった。そこで「氏」と「姓」という漢字を用いて人々を分別していったんです。

―当時の「氏」と「姓」が持つ意味とはどんなものだったんでしょうか?

「氏」という字の原型は、ナイフや刀を表しています。説明は様々ですが「我々一族は刀を持ち、強いんだ」ということを伝える意図があった。つまり「氏」とは、武力を持った血族のグループを指しています。そして血族集団にランクを付けて、称号を与えるときに用いたのが「姓」。つまり「姓」で「氏」を格付けしたんです(例「蘇我臣」の「蘇我」が氏、「臣」が姓)。ところが後世ではこの「姓」というランク付けが廃れて有名無実になり、「氏」と同じものに変質したんです。

―現在、氏は「苗字」とも「姓氏」とも言います。どうしてこんなに様々な呼称が存在するのかとても複雑ですね

確かに現在の「苗字」も「氏」のことを指しながら「名字」とも書くし、また「姓」とも呼ぶ。おまけに「姓氏」とも称するので、混乱して当然。これらはすべて同じだと言ってよいけど、発生的に見ると多少違ってくる。「名字」と言い始めたのは平安時代から。それは土地を開墾するために分家した家が、それぞれの「地名」を家名として名乗るようになった事です。
例えば最も有名な豪族・藤原氏の場合、所有した土地の名に藤原氏の一字「藤」を付けた。例えば加賀に下った藤原氏が「加藤」と名乗っていったように。つまりこの頃から地名は豪族にとって表札代わりとなり、次第に地名を名乗るようになっていく、これが「名字」です。

―では、それが「苗字」という名称に変化したのはいつの時代からですか。また、誰もが平等に苗字を持ち始めたきっかけを教えて下さい

まず苗字という名称は、江戸時代から。この頃から所領や土地の意味合いだけでなく、「血筋(祖先)が同じである証」の意味を込めた「苗」という文字を用いて「苗字」と呼称し始めたんです。そして日本人がみな苗字を持ち始めたのは、明治8年に出された『苗字必称令』がきっかけです。これは、平民は誰でも必ず苗字をつけなければならない定め。我々が現在使っている苗字は、ほとんどがこれによるものですね。
こうして振り返ると日本が誇る30万余の苗字の中には、歴史、地理、民族、言語、文学などあらゆる分野の要素が投影されており、実に貴重なものだということがわかります。

「地名型」「職業・屋号型」「官職型」
苗字は大きく分けて3つの分類ができる。

自分のルーツを苗字から探ろうとするとき、まずは菩提寺で過去帳(※1)の閲覧、転写をすること。また、本籍地の役所に行けば除籍簿を取ることができる。そして苗字には、それぞれ発祥した理由が必ずあるのだという。

―約30万という膨大な苗字が存在する中で、苗字のルーツを探る方法論のようなものがあれば教えて下さい

苗字の由来には様々なタイプがありますが、主な3つの分類と定義をお教えします。まず先程の「藤原家」の話じゃないですが、苗字の8割は<地名>に由来します。例えば、田中、内田、中村などといった地名。それを苗字とする人は、その土地となんらかの関わりがあるのは確かです。なので、苗字が地名型であるなら、同名あるいは近い地名を探すことで祖先を調べることができます。
ただ、その苗字を途中なんらかの理由で変更していた場合、その元の地名を探さなければなりませんし、さらに数百年の間に何回か苗字が変わっていることもあるので、この場合はやはりその元の地名をいちいち当たる必要があります。

―苗字とはそもそも「血縁関係」を表すものというよりも、多くは人の「縄張り意識(=領域)」から生まれたものだったんですよね

今の人々は戦争も知らないし、食べることにも困らないでしょ。でも昔はそういう土地を巡る戦いの場が始終あった。生きるためには一日も安らかにいられなかったわけですから。そんな時代が江戸末期まで続いたことが、苗字には色濃く反映されているのです。
また、次に多いのが<屋号型>や<職名型>。太閤秀吉の治世に始まり徳川時代の間、町人百姓は刀を取り上げられ苗字を名乗ることを禁じられ、武士を特権化するために差別的な階級制度が形成されていました。けれど庶民がみな、どこどこの○○衛門で用が足りたかと言えば、そうはいかない。だから、名前も自分の商売にちなんで○○屋などの屋号をつけた。それがそのまま苗字になったケースも多いんです。「家」「矢」「谷」「舎」などが苗字についている人は、商人であるとか役人であるといったことが分かります。

―なるほど。歴史の授業で学んだ時代と、自分の存在する今がリアルに繋がっていく感覚を覚えます

そうです。私もそんなところに酔狂していったわけです。それともう一つ、古代朝廷時代の<官吏の役職>が苗字になった例もあります。例えば、「大蔵」「監物」「工藤」「進藤」「進士」「左近」「太宰」など。古文書館や図書館を利用して「家臣録」「分限帳」などを探して手がかりを得る時もあります。大体この3つが大まかな苗字のタイプですが、この他にも信仰由来のあるもの(例えば神、三輪、釈)、また芸名型(例えば幸若、善阿彌)、名前型(例えば為貞、太郎、源内)などがあります。現在その数は圧倒的に少ないですけれど。

日本は島国で独自の文化を築いてきた。
だからもっと誇りを持ってもらいたい。

―こうしてお話をお伺いすればするほど、「苗字」とは本当に終わりなき研究材料な気がします。そんな途方もない研究を丹羽さんはなぜしようと思ったのでしょうか?

私は最初から強い決心をして苗字の研究を始めたわけではありません。でも「たかが苗字、されど苗字」で気にかかるわけです。例えば「四十八願」という地名を見つけた。これを「よいなら」と読む。「なぜ? どうして?」という疑問が湧きあがる。しかし、どこのどなたに聞いてもわからない。仕方がないので自分でその謎に挑戦していったわけです。でも、その研究をまとめることで「そういうことか」と賛同してくれる人がいる。それはもっと大きな喜びに繋がるんですよ。

―素朴に思ったことに想いを馳せ追求する。そこに一番の面白みがある。丹羽さんのお話を伺っていてそんな風に思いました。

世界中には様々な民族がいて、皆それぞれ独特の言葉を使っています。でもある専門家が言うには、どんどんその国その村の民族語が滅んでいるそうです。豊かな国の文化や言葉に征服されていってしまう。かつての日本にも、大陸から人や漢字や宗教を始めとした文化が入って来たけれど、根幹である大和言葉(※2)は2000年以上も大切に保存されてきました。それは本当に素晴らしいことだし、僕は文化遺産だと思っています。だけど、今の日本人はそういうことに気づかないで、どちらかというと自分の国に対して、自我に対して自虐的な意識が高い。日本は島国で独自の文化を築いて来たんだから、もっと誇りを持って生きてもらいたいですね。


最後まで丹羽氏の言葉にただ圧倒されるばかりだった。だがそんな中でも、彼との距離が瞬時に近くなった瞬間がある。日本全国から取り寄せたハローページが自宅の廊下に聳え立つ本棚に、ずらりと立ち並んでいたのを見つけたときだ。「ハローページという手があったのか」とまさに驚愕した。希望者には無料で配られるハローページ。こんなにも普遍的かつ身近なものに大きな宝の山が隠されている。丹羽氏が育んできた苗字との営みは、私たち自身の営みに確実に繋がっていたのだ。
遠い遠い昔の祖先から私たちは血と身体、苗字を継承している。それは少しの意識と行動でリアルに感じられることを知ったとき、この先の未来に続く命へと大切に受け継いでいきたいと強く思った。

丹羽基二(にわ・もとじ)
1919年、栃木県佐野市生まれ。44年、国学院大学国文科卒業。「日本家系図会」会長、「地名を守る会」代表。著書に『姓氏』『家系』(秋田書店)、『日本苗字大辞典(全三巻)』(芳文館)、『地名苗字読み解き事典』(柏書房)、『姓氏・家系・家紋の調べ方』(新人物往来社)など多数。

  1. 死者の戒名、俗名、没年齢、没年月、当主との続柄が記され、寺の住職が書き継ぎその寺に保管されているもの。
  2. 日本古来の固有の言葉のこと。和語ともいう。漢語や外来語以外の言葉で、その読み方を漢語の「音」に対して「訓」を指す。