Today is my life.

今日と明日の「時の間」で。

今日と明日の「時の間」で。 〜Today is my life.〜

初出はGENERATION TIMES vol.7(2006年11月発行)に掲載。特集『Today is my life』という生と死がテーマだったため、子どもの頃から不思議だった「時間」について改めて考えてみたいと思い綴った記事です。

文:伊藤剛 写真:谷口巧


夜、空を見上げると、いくつかの星がまたたいている。都会の夜は明るくてなかなか見えないけれど、地上の僕らとは関係なく、無数の星たちは光を放っている。光の速度でわずか四分足らずの距離にある月。一光年のものもあれば、何十万光年離れたものまである。今、僕が見たその星は、100万年前に放たれた光かもしれない。だから、この瞬間にその星が存在しているかは分からない。地上から見上げたその光景がすべて「過去」だと気づいたとき、何だかとても不思議な気持ちになったのをよく覚えている。

僕らの遠い先祖が、まだ文字を持たず言葉もなかったときも、星は変わらず輝いていた。もちろん電灯などはないから太陽が沈んでしまった後は、空を見上げるしかない。彼らは星と星の間をつなぎ、そこにたくさんの物語を見た。そして、星座が生まれた。きっと、見えている世界が「過去」だという意識はなかったに違いない。

紀元前一万年。人類の営みの中で、初めて農耕が始まったと言われている。その日暮らしの狩猟生活ではなく、暖かくなる春に種をまいて、秋に収穫を待つ。それは人類にとって、初めて「過去」と「未来」の区別がつき、時の流れが意識できるようになったということだ。そして、未来という概念を持つことによって、同時に「死」を意識するようになった。「時間」の誕生だ。

私たちは時の移ろいを楽しむが白人は時をモノサシで計ることに明け暮れる。

(アラパホ族)

そもそも「時間」とは、一体何なのだろう。僕らは一日が24時間だと信じて疑わない。けれど実際は、平均して23時間56分4秒。その毎日の誤差を、4年に一度「うるう年」として調整している。もっと言えば、地球の自転は少しずつだが遅くなっている。二億年前は地球の自転は今より早く、23時間だった。五億年前は21時間。五万年に1秒の割合で一日が延び、現在の24時間になった。一日の長さというのは、あくまでも地球の歴史の「現」時点がそうだということにすぎない。

いずれにしても、僕らは時の流れを一定の尺度を使って計測するようになった。日時計、水時計、機械時計。世界共通の基準として、時間を「共有する」ことが必須となった。それはときに、人の命にまで関わることがあったからだ。


1707年、地中海で起こったイギリス船の海難事故。通信衛星などない当時、目標物が存在しない海上で正確な位置を知るには、方位の測定と船の速度、後は時間の経過によってその位置を割り出すしかない。けれど、当時の時計の精度はまだまだ不十分で、二千人の乗客の命が失われてしまった。時間を正確に知る必要性を感じたイギリス政府は、懸賞金2万ポンドで高精度の時計の発明を公募した。

現在、僕らが利用している交通手段。電車の乗り継ぎも、道路の交差点の信号機も、正しい時間を共有することで成立している。しかし精度を上げても、その分、効率化を図るから、命のリスクは変わらない。昨年から何度も起こっている飛行機のトラブルも、電車の脱線事故も、そうして起きている。

時計の発明は、僕らに「時」を一様に等しいものだと認識させ、あらゆるものをそのモノサシで計測し始めた。平均寿命もその一つ。僕らの人生そのものの長さだ。日本人の平均寿命は、長らく世界一を続けている。約82歳。「人生80年」があたり前のように謳われ、100歳も夢ではなくなってきている。しかし、日本人がそれほど長く生きるようになってからは、まだ間もない。戦前は平均50歳ほどであったし、江戸時代まで遡ると、平均寿命はわずか30歳。短かった理由は、解明できない疫病や栄養不足の食糧事情によって、子供を幼くして亡くしていたことが大きい。

しかし、そもそも「平均寿命」という尺度は、誰にとって必要なのだろう。確かに数字を平均化することが、意味をなすときもある。どこか行きたい目的地への電車の平均時間だったり、合格したい試験の平均点だったり、その値を目安に計画を立て、手段を選ぶことができる。でも寿命にこそ、「平均」という概念はまったく意味をなさない。その値がいくつであれ、僕の人生にとってはたった一つの結論しか出ない。選ぶことなど出来るわけもなく、ましてや他人の人生の尺度で、計画を立てても意味がない。

お世話になったある人が87歳で他界したとき、「この歳まで生きたのだから、きっと満足な人生だったのだろう」。思わずそんな考えが頭に浮かんだ。もしも僕が平均寿命なんて知らなかったなら、いくつで亡くなったとしても、その長さ自体ではなく、どんな風に生きてきたのか、そこにまずは想いを馳せたはず。
「死に方」ではなく「生き方」に。

ゾウとネズミと僕らの時間。

動物にもまた寿命はある。素早く動き続けるハツカネズミの寿命は2~3年。のっそりと動くゾウは70年。画期的な学説を提示した本川達雄氏(著書『ゾウの時間 ネズミの時間』/中公新書)によると、「動物の時間は、体重の1/4乗に比例する」らしい。つまり、動物の大きさによって時間の流れ方が違うということだ。

寿命の長さが違うのは、1回の鼓動の時間が違うからだ。僕らは、1回打つのに約1秒要するが、ネズミは0.1秒。1分間に600回以上も心臓が脈打っている。ゾウは1分間に20回。驚くべきことは、哺乳類の心臓の寿命が同じだということ。長さはそれぞれ違っても、生涯に叩き続ける鼓動の回数は、等しく約20億回。ネズミもゾウも人間も、20億回打てば、寿命は尽きる。

本来、人間の寿命は、鼓動の回数からすると、26年程だと言われている。後は、医学と科学の力で生きているということになる。「スローライフ」という言葉が話題になったけれど、そもそも寿命が30年以下だったならば、そんなことを考えただろうか。それは「長く生きられる」と信じる僕らの贅沢な思考なのかもしれない。

ところで、時間の「長さ」はというと、これは等しいわけでも同じでもない。「子供の頃、とっても長く感じていた一年が、大人になると短く感じる」。そんな経験はきっと誰にでもあるかもしれない。これは10歳のときならば、一年は人生の1/10だが、60歳ならば、一年は1/60でしかない。単純に考えても、全人生の長さとの比較の中で、一年の重みは変わってくる。でも理由はそれだけではない。

例えば、楽しかった学生時代。初々しい入学式を終えて、新歓コンパに圧倒され、朝から休まず授業を受けて、サークルにも入会する。アルバイトを探して、恋人も見つけて、少し慣れてきたら、午後の授業をさぼって学食でおしゃべり。夕方はアルバイト、夜は友人とカラオケ。試験のために図書館に行って、本屋で立ち読みして、飲み会では記憶をなくして、夏は花火大会、冬はスノボー旅行。

「この一年いろいろあった…。これからも、きっといろいろあるに違いない」。おそらくその時思う残りの三年間は、ほとんど「永遠なるもの」に近い。ところが、卒業式も間近に控えて気づく。「この四年間、あっという間だった…」。

僕らは、次から次へと「新しい経験」をしている間は、同じ時間でもとても長く感じるものなのである。言うなれば、それは「体感時間」みたいなもの。新しい出会いを大切にする。知らなかったことを知る。今まで気づかなかったことを探す。慣れないことにチャレンジする。訪れてみたかった国への海外旅行がたった一週間であったとしても、日本で過ごすより長く感じるのは、そういうことである。

平均化された時間でもなく、相対的な時間でもなく、自分が感じる「僕の時間」。恥ずかしいほどの失敗をして、立ち直れないほどに悲しくて、我を忘れるほど感動して…、同じ年齢を生きるにしても、そうやって日々の心の揺れを見つめることで、人生は長くなる。「今日」できることを、できるだけやっておく。それはひとつの長生きだ。

「無常」なる世界に、生きてこそ。

永遠の命に憧れ続けた人類。手塚治虫の名作『火の鳥』でも、まさにその永遠がテーマだった。「もしあなたが永遠に生きられたなら、いったい何をしたいのですか」。火の鳥は、人類にいつもそう問いかけていた。永遠の苦しみも知らないのに、と。僕は永遠に生きたとして、いったい何をしたいだろうか。

もしもすべてが永遠だったなら…、僕は今日出会った人との再会を楽しみにはしない。イチローにも中田にも憧れることはないし、いつかの未来に夢見たりもしない。ロードショーされる映画を待ち望むことも、観に行くこともしない。流れる雲も、野に咲く花にも、心が止まることはない。何も変化がない世界で、何をしたいと思うだろう…。仕事をしたいと思うだろうか。恋をするだろうか。生きようとするだろうか。

夢、それ自体が偉大なわけではない。恋、それ自体が素敵なわけでもない。造花に感動することがないように、花、それ自体が美しいわけではない。いつか枯れ散ることを知っている僕らが、それを「美しい」と感じている。出会いに別れが伴うからこそ、その瞬間を愛おしく思う。その相手を記憶に留めておこうと必死になるのだ。

僕らの脳には、1億4千万個の脳細胞があるけれど、その細胞はこの世界をすべて留めておくには、残念ながら数が少なすぎるらしい。だから、少しずつ、でも確実に、忘れていく。印象的だったことのいくつかは、細胞と細胞を組み合わせながら一つの「カタチ」として記憶しておく。「思い出す」というのは、その細胞群に電気が走ること。科学者いわく、それはまるで脳の中に「星座」が輝いているように見えるのだという。

僕らが生きていくということは、何かに出合い、誰かと出会い、それぞれに互いのカタチを星座として残すことなのかもしれない。もしそうなら、願わくば、とっておきに輝いて欲しいなと思う。

「無常」。それは、カタチを「常」に留めておくモノはこの世に「無い」、という仏教の教え。夜空の星も、真っ赤に輝く太陽も、地上に咲く花も、誇らしげな高層ビルも、僕らが住むこの地球も、そして僕も。そんな「変化する世界」に、僕らは生きている。その変化に、僕の鼓動はあと何度高鳴るだろう。
今日と明日の間。その移ろう時を慈しみながら、明日が来るのを楽しみにして、今日という一日を終えたい。