映画で「世界」を語り合おう ー シネマ・ダイアローグ #003

『KISS THE FUTURE』

#003『キス・ザ・フューチャー』
© 2023 FIFTH SEASON, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

1990年代のボスニア紛争下、自由と尊厳を奪われまいと芸術や音楽に希望を託した人々、そして彼らのもとにロックバンドU2を招聘してライブを実現しようと奔走した活動家たちを追ったドキュメンタリー映画が『KISS THE FUTURE(キス・ザ・フューチャー)』です。戦火の中で歌い、踊り、生きることそのものが戦争への“抵抗”となった歴史的瞬間を描き、映画は、やがて終戦後に、民族を超えて4万5000人もの観客を前に実現した伝説のライブの様子も写していきます。音楽の力、人間の勇気、そして“ひとりの行動”が社会を動かす可能性――映画が投げかける問いを本作の配給を手掛けるユナイテッドピープルの関根氏に聞きました。

いきいきと生きることこそ、戦争に対する最大の抵抗になる

アソボット 伊藤剛(以下「伊藤」):まずは、この映画との出会いからぜひ聞かせてください。

ユナイテッドピープル・関根健次(以下「関根」):最初に観たのは2023年10月8日。釜山国際映画祭でした。U2のことは、「エイズ撲滅運動」や「(PRODUCT) RED」などで精力的に社会貢献活動をやってきたことはもちろん知っていたので、「平和のための伝説的ライブを描いた映画」という説明を見て、これは観ておきたいなと思ったんです。

伊藤:2023年10月8日というと、ハマスがイスラエル侵攻を開始した日の翌日ですね・・・

関根:そうなんです。釜山に到着したのがちょうど10月7日だったので、よく覚えています。「また新しい戦争が始まってしまった・・・」と憂鬱な想いを抱きながら観たこともあり、深く感動して、この作品は日本に届けたい、配給をしたいとすぐに思いました。

伊藤:この映画を観て最初に感じたのは、戦争に対して「文化や芸術を愛することで抵抗する」と言って立ち向かっていく、その抵抗の仕方でした。戦火を避けながら地下深くに作られたクラブ(ディスコ)へと必死にたどり着いて、「自由や尊厳まで奪われてなるものか」「今晩だけは絶対に戦争のことなんて忘れてやる」と全力で娯楽を享受する。爆撃された場所で、女性たちが美しさを誇るファッションショーを実施したり、心許せる仲間たちを集めて、幸せに満ちた結婚式を開いたり。「窮地で見せる気品こそ勇気だ」なんていう言葉も出てきていましたが、戦時下のあり方として僕自身の想像を遥かに超えていました。かつての日本の「贅沢しません、勝つまでは」みたいな、全国民でじっと耐え忍ぶ価値観とはまったく違いますよね。

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関根:確かに。戦争の目的のひとつが「相手を殺すこと」だとすると、「いきいきと生きること」こそが、ある種の抵抗の表明になる。歌って、踊って、結婚式をして、ファッションショーをする。それらすべてが戦争に対する抵抗ということですよね。

そんな戦争が4年間も続いたからこそ、映画のクライマックスのU2のライブシーンにはやっぱり感動するし、「音楽の力ってなんて素晴らしいんだ!」と思うわけです。同時に、何万人もの人が集まるライブという集客装置を使って、いちミュージシャンが自分の言葉で、世界で今起きていることを伝えていく行為のすごさも改めて感じました。当時からすると、音楽ライブやツアーにテレビや日々のニュースを取り入れるなんて誰も考えなかったし、出来なかったと思います。

常々、ユナイテッドピープルとしては、映画をきっかけに世界で起きていることを知って欲しい、感じて、行動して欲しいと思って、如何に無関心層に映画を届けて、オセロをひっくり返していけるか・・・というようなことを考えているので、そういう意味でもU2はやはり先駆者だったんだなと思いました。

伊藤:忌野清志郎さんや坂本龍一さん亡き後、今の日本のミュージシャンで同じようなことをしている人、できる人はいるのか・・・というのもどうしても重ね合わせてしまいますよね。時代や政治の判断によって、真っ先に虐げられるのが表現者であるからこそ、自らの意志を伝えること、行動に示すのはとても大切なことだと思います。

関根:実は、音楽や芸術の素晴らしさやその力はもちろんですが、この映画を配給したいと思った理由はもうひとつあって、それは「ひとりの人間」の強さというか可能性というか、現状がどんなに過酷であっても状況を変えようとする勇敢な姿を見せ続けてくれる作品でもあると考えていて、それはこの映画を配給したいと思ったもう一つの理由です。

伊藤:それは、U2をサラエボに招聘しようとして大奮闘する、この映画の主人公とも言うべき人物、ビル・カーターさんのことですね。

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関根:そう。“U2のボノに会う”という、誰もが不可能だと考えるようなアイデアを突然思いついて、そこに迷わず突き進んでいく人物です。こういう時代だから仕方ないとか、自分たちには何もできるはずがないとか、向き合う事柄が大きければ大きいほど諦めがちになると思うんですけど、ビルは戦時中だという状況にも甘んじず、ありとあらゆる手段を尽くし続けて、本当にボノに会う約束を取り付けてしまう。さらには、戦後に本当にU2をボスニアに呼んでライブを実現させてしまう。ある種の“起業家”のようであり“チェンジメーカー”でもあり、「ひとりの人間の力は、決して侮れないぞ」と思わせてくれました。

伊藤:現代のチェンジメーカーと言うと、たとえばグレタ・トゥンベリさんのような存在を思い浮かべますが、当時は「社会活動家」という肩書きがまだない時代ですよね。

ビルの素晴らしさは、もちろんその行動力にあるのですが、それとは別に、彼の何とも言えない愛すべきキャラクターも印象的でした。ビルは、現地の人からどれだけ煙たがられてもめげないし、常に目がキラキラしていてどこか憎めないんですよね。地下のライブハウスで、現地の若者に挑発的な質問をされる場面があります。「あなたはここをサファリ(探検旅行)か何かだと思ってるの?」「本当に助けたいと思っているなら、私に今すぐ2000ドル持ってきて。助けたいんでしょ?」と無理難題を言われてしまう。

僕自身も、国際協力の仕事で途上国に行くことがあるので、非常にこの感じがよく分かります。現地の人たちは「支援され疲れ」しているところに、外部の人間が自身の“野心”を叶えるためにどんどんやってくる。中には、口で言うだけで約束を守らない人たちもいる。ビルにもそういった“野心”はあったとは思いますが、偏見の目で見られながらも状況を覆していく行動力にはどうしても応援したくなりました。

この世界は、それでも生きるに値する

関根:そんな彼とすごく似ているなと思ったのは、『国際平和デー(通称:ピースデー)』を作るきっかけとなったジュレミー・ギリーさんです。彼はピースデーを作るために、ありとあらゆる手段を考えた人物ですが、行動は至ってシンプル。たとえば、国連に対して署名活動を行ったり、ロビー活動をするなど、真っ当なアプローチを当たり前のようにやっているんですよね。2018年にジュレミーが来日にした時に彼にいろんな話を聞いたんですけど、こう言われたのをよく覚えています。

「ケンジ、世界を動かすのはそんなに難しくないぜ。だってさ、世界の首脳はいま何人いると思う?そう、200人くらい。じゃあ、200人に手紙を書けばいいじゃないか」

そんなことをサラッと言うんですよね(笑)。行動が伴うビジョンを持ったチェンジメーカーというのは、その実現のための「最短ルート」を考えてひたすら実行する。ビルもジュレミーも、きっとそういう思考回路が出来上がっているんだと思います。
この映画でビリーは、人間ひとりでも本気で動くと信じられない変化を起こせるんだっていうことを証明してくれたと思います。誰かひとりが動いて社会に与えられる影響力って本当にすごい。その結果が大きくても小さくても、変化のために起こした行動そのものに価値があることを改めて示してくれた映画だと思います。

©Bill Carter


伊藤:確かに、そこに“希望”を感じますよね。もう一つ、この映画から感じられる希望があるとすれば、この映画の主題が「ボスニア紛争」という30年以上も前の過去の紛争だということです。

この激動の時代に生きる僕たちは、「目の前の現実を直視する体力」みたいなものが少し失われつつあるんじゃないかと思っています。つまり、コロナのような世界規模の感染症が起きた後に、ロシアとウクライナの戦争が始まって、さらにはイスラエルとガザ、アメリカの大統領が巻き起こす混乱など、目を背けたくなるようなニュースが、しかも個人ではどうしようもできないスケールのものが次々に起こり続けている。

そんな時に、フィクションの映画を観て現実逃避するという方法もあるのかもしれないけど、僕はこの映画を観た時、ドキュメンタリーだし戦時下を映したものではあるけれど、「時間的な距離」がある分、素直に“希望”を感じることができたし、感動することもできました。現実の世界は目を背けたくなることで溢れているかもしれないけれど、みんな心のどこかで「それでも、この世界はやっぱり生きるに値するんだ」と実感したいはずです。そんな秘めたる想いを真正面から肯定してもらったような気がします。

関根:そうですね。サラエボの終戦からはもう30年くらいが経とうとしていますが、今、私たちの目の前にある社会や世界を自分たちの手で変えていく、その力の後押しにこの映画がなれればと願っています。


映画『KISS THE FUTUREキス・ザ・フューチャー)』
マット・デイモン、ベン・アフレック プロデュース
監督:ネナド・チチン=サイン
登場⼈物:クリスティアン・アマンプール、ボノ、アダム・クレイトン、ジ・エッジ他
制作:Fifth Season
配給:ユナイテッドピープル
2023年/ドキュメンタリー/アメリカ・アイルランド/103分
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